国道389号
スナップショット
多比良港
船で約30分くらいフェリーに乗っていると、対岸の多比良港に到達する。
港に到着次第、船から下りていよいよ第2の陸上区間に突入する。
長崎県に突入!長崎県雲仙市(うんぜんし)
実際は海上国道の道中で長崎に入っているけど。
ここから当面の間は長崎県の陸上を走る事になる。
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有明フェリーの普通車(4m未満)の運行領収書 フェリーの代金は所持している地図帳には1,840円と書いてあったのに、実際の料金は1,960円。知らない間に120円も値上げしているのだが、そんなの確認する環境に無いのでたかが100円違いでもびっくり衝撃だった。フェリーの運賃は毎回変化しているので海上区間の移動を行う場合は常に料金価格をチェックしておきたい。 |
長崎県雲仙市〜雲仙地区
島原方面に向かっていると、雲仙岳方面に向かえる交差点に遭遇する。
この交差点まではごく僅かな距離で国道251号と重複している。
国見町の住宅街を少し進み点滅信号のある交差点を右折する。
国道の向き入り標識があるのでこれは分かりやすい。
国見町の商店街に当たるこの場所は1車線区間。
当時の長崎県道がそのまま国道になった、と言う印象を受ける。
所々はご覧のように2車線整備されている場所もあるが、
雲仙方面の登山路までは基本的に1車線の狭い道である。
雲仙グリーンロードとの交差点
雲仙GLは長崎県の広域農道として整備されている特殊な道路。
ここから島原方面に進路を変えると建設が進む「がまだすロード」(島原道路)方面へ向かえる。
さらに進むと2車線整備された高規格道路に変化。
山の中間点以降はそれなりに整備されているのでまあ快適か。
途中から道幅が再度1〜1.5車線規模に戻る。
しばらくして長崎県道58号との交差点に衝突。
ごく僅かな距離でr58が重複。
島原方向のr58の方が本線になっている交差点があるので進路変更は注意。
県道重複から離れた後も上り坂。
こう見てみると雲仙岳方面に一応向かっているように見えるが、あいにく当時は濃霧(スミマセン...
やがてR389は山岳地帯に入る。
こう見てみると非常に奥深い山々を走行している事が伺える。
途中で1車線区間もあるが、一部では2車線確保目的の拡幅工事も見受けられた。
離合困難区間の距離は短く、少し進むと再び2車線路が復活する。
この先、国道57号交差点までは2車線区間で構成される。
長崎県道131号との交差点
r131方面に進路を変えると先ほどのフェリー乗り場に戻ってしまう。
雲仙岳方面はここを左折しよう。
雲仙まで7km
この距離は雲仙岳のある雲仙地区までの距離。
新しく発足した雲仙市役所までの距離ではない事に注意。
雲仙岳方面までもう少しだが、そこから先は急激な上り坂。
幸いにも2車線路なのでそれほど苦労はしないけど。
道中には半径の小さい90度前後の急カーブも存在する。
普賢岳が噴火していた頃は間近に位置していたので当然通行できなかっただろう。
吹越トンネル(長さ:?メートル)
路面の状態から見て比較的最近開通したトンネルであろう。
雲仙岳周辺の山々は大変標高が高いので曇りなのか濃霧なのか判別しづらい状態ww
雨の日の走行は控えるべきだろう。
仁田峠循環道路終点交差点
仁田峠循環道路自体はR57→R389に向かっての一方通行なのでここからは向かえない。
仁田峠方面に用事がある場合は、一旦麓の国道57号に向かわないといけない。
攻略済み道路のご案内:仁田峠循環道路
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仁田峠循環道路は雲仙岳・平成新山に程近い仁田峠を逆時計回りに循環する長崎県の公園道路で通行料金が770円とかなり割高な料金だが、私もはっきりと記憶に残る例の雲仙普賢岳大噴火で話題になった雲仙岳・平成新山などを間近で見学できる為、火山に興味ある人であれば通る価値はあるだろう。なお、国道389号としてはこの交差点付近が最高地点(1,000m以上もある)であり、ここから先は下り坂になって国道に向かう。 |
最高速度30キロ規制
仁田峠循環道路の交差点で頂点に達したため、ここからは下り坂。
こちらの方が急カーブ連続でハンドル操作が忙しい。
池の原地区に入ると急激なカーブは収まり、最高速度も40キロまで緩和される。
途中に簡単な公園もある。R57までもう少し。
国道57号交差点・国道57号重複区間起点位置
雲仙ゴルフ場近くで九州横断国道とも言える国道57号と接続。
ここから南島原市(小浜・雲仙温泉街方面)ギリギリ付近まではR57と重複する。

2007年6月現在ではここまで進んだ
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2007年6月の取材ではこの国道57号と交差する場面まで進んだ。しかし、これはまだ「始まり」に過ぎない。長距離で57号と重複しまくった後は雲仙温泉街から単独区間に入り、先ほど進んだ道のりと同じような構造をしながら南島原市の口之津地区へ向かう。そこから2回目の海上区間を経て天草地方を縦断し、旧・牛深市だった天草市から3回目の海上区間を経て鹿児島・阿久根へ向かう。 「阿久根牛深線」時代は鹿児島県側だけしか県道認定が行われていなかったり、初期の国道389号は苓北町から長崎市に向かっていたと言う事もあり、一筋に解決できるような国道ではないことが伺えた。とにかく、最終地点である国道3号との対峙までいつになるんやら。そう実感した次第である。 ※しかしまぁ、ヘンな場所で終わったので続きを書くときが少し面倒だなぁw |